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運営者情報プロフィール:私がレーシックを受ける訳
私が、視力低下を最初に、感じたのは、中学1年の時、13歳の春のことでした。
当時は、入学したてで、席順は、出席番号順でした。私は、出席番号が一番だったので、廊下側の一番前に座っていました。
そこから見た黒板は、どうにも窓からの光で光っていて、黒板の字が見えづらくなった、と記憶しています。
それからしばらくしてメガネをつくり、授業中だけメガネをかけていましたが、高校に入り、こんな私でも、女子の目が気になったのか、メガネをやめ、ソフトコンタクトにしてみました。今思うと、メガネからコンタクトへの転換は、世界が広がったような感動がありましたよね。
社会人になってからは、ソフトコンタクトよりも手入れの少なくてすむハードコンタクトに転向。
ごみが入った時や、春先、花粉が飛ぶ時期は、やっぱり、目が痛くなって、つらかったです。
でも、仕事の内容は、殆どが、デスクワークだったため、目の痛み、ドライアイなど、そこまで深刻な悩みではありませんでした。
就職して8年目、どういう風の吹き回しか、全く畑違いの農業という仕事に転職しました。
しばらくは、コンタクトで過ごしていましたが、雨風が目に入ったり、ごみ、花粉の猛威に、コンタクトは辛すぎたですね。いつの間にか、メガネをかける毎日となったのです。
しかし、メガネといっても、農業は、屋外での仕事も多く、やっぱり、雨風で視界が悪くなり、ビニールハウスの中に入れば、曇ってしまい、せっかく買った新しいメガネもすぐに傷かついてしまう。
しょうがないか、農業しているんだし・・・
と、今後の人生、メガネと共に過ごすんだろうなあ、とあまり深く考えることなく過ごしていました。
そんな中、漫才コンビ紳助隆助の松本竜助さんの死亡というニュースが流れてきました。私達の世代の人間にとって、近視手術といえば松本竜助 というイメージがあると思います(私だけ?)。
この松本さんの死亡のニュースで、私の頭の中に、近視手術という情報が、再インプットされたのです。
しばらくして、ネットをさまよっていると、近視手術としてレーシックというのがあるということを、はじめて知りました。レーシックを体験された方のブログなどを読んでいると、痛くない、目が良くなって感動した! なんて、やたらめったら書いてあると、やっぱり、人間、気になるものです。
さらにブログを読み進めていくと、生命保険の手術給付金がもらえると、書いてあります。
一般的に、3万円から10万円ほどでるそうです。
手術給付金が10万円ぐらい、出れば、レーシックできないことはないなあ、と軽い気持ちで、翌日、生命保険会社に電話。
すると、電話口の女性は、両眼で、20万円でると、おっしゃるじゃないですか?
ええっ~
ほとんどの手術代金が、給付金で払えてしまうのです。
この軽い気持ちで、電話した事で、私のレーシック熱が、燃え上がったのです。
これなら、これから先の人生、メガネで過ごすよりも、快適だし、お金もかからないはず!
レーシックを受けようと、心に決めた日でした。











